スピリチュアリズム

By sakura, 29 11月, 2022

見えないドアと書かれていたのを読んだとき「ドラえもん」に出てくる”どこでもドア”がイメージとして浮かびました。

ドアを開くと向こう側は希望した世界が広がっていて、瞬時にそちらの世界へ行くことができる、というあのドアです。 

私事で申し訳ないのですが、自身の著書のタイトルを決めるとき、スピリットの世界をこのドアのこちら側と向こう側の世界を仕切るものとしてイメージしていました。どちらかというと仕切られているのはドアだけ、というニュアンスです。 

それとは違い、どこでもドアは自分自身がドアの向こうの世界へ行けます。それに10光年以内の距離は移動可能だそうです。 その距離はもはや宇宙の果て、なのではないでしょうか。 作者藤子・F・不二雄先生は生前 

「夢、そんなことも形も昔と今じゃずいぶん変わってきてると思いますね。妖精の住んでるような森も人間の周辺から消えちゃってますし。宇宙の未知の世界とかそういうものが一つの夢というな感じになってくるんじゃないかなと」 

と話されています。そこからも宇宙に壮大な夢を持たれていたことが伺えます。そして夢というものがドア一枚で仕切られただけのとても近い所にあると想像することは間違っていないと思います。 

By sakura, 22 11月, 2022

アニマルコミュニケーションのリーディングでしたが、愛犬Aちゃんはとても賢い子で様々なことを教えてくれる子でした。

虹の橋を渡った愛犬が今どこにいるかという話題になったとき、とても興味深いことがありました。

登山などで岩と岩の割れ目があり溝のようになっているところを、クラックと言うそうですが、それを見せてくれました。

クラックの幅は多分7,80 CM ぐらいだったと思います。割れ目の下はとても深いのですが少し弾みをつければ越えられそうな幅です。
そのクラックの右側に立って反対側である左の方を見ています。ともすれば割れ目は見えず境目がないようにも見えます。行こうと思えばいつでも超えられる感じが伝わってきます。左側を見ると遠くまで景色が広がっているのが見えます。

今度はクラックの左側に立つと右側に行くことがとても困難に見えます。その様子は右側から見たクラックはとても大きく写り、超えられるとは思えませんし、到達できない場所に見えるのです。靄もかかっていて右側の大地をクリアに見ることもできません。本当に大地が広がっているのか、幻想なのではないか、もし大地があったとしても超えられるのか?

この様子は、右側は霊界で、左側はこちらの世界を差しています。

By sakura, 17 11月, 2022

先日、生徒さんに手相を見てもらいました。ずいぶん昔に視て頂いたことはありますが、これほどまでに詳細に分かるのかということを今回は経験させていただきました。

色々なお話をする中で
"手相を見ていると伝わってくるものがある、それを伝えるのだ"
というような内容の事をおっしゃっていました。

これは、他の占いでも同じ、お誕生日をベースにする占いなら、お誕生日を見ていると伝わってくるものがある、という事と同じだと思います。

スピリチュアリズムと占いは根本的に違うもので伝わってくる内容や役割も違います。ですから基本的には占いとスピリチュアリズムを比べるということはできないという風には考えています。ただ、スピリットからメッセージを受け取るということと、手相やお誕生日といったツールから伝わってくるものがあると言う点では共通点があるように思います。

あるヨギの自伝にも書かれていますが、どのツールであれ深い知識を持っていなければ正確な判断は難しいということです。
深い知識と学びがベースになっているからこそ、人知の及ばぬ所からのサポートを得られるのだと思います。

実際にスピリチュアリズムは受け入れらないけれど、占いは受け入れらるという方はいらっしゃいます。

By sakura, 14 10月, 2022

通常、ワークショップの御参加者様になるべく合わせた内容の実習を組み立てています。所がワークショップが予定通り始まり、瞑想などを行い、では実習、なのになぜか予定した内容と違う事をやりはじめることがあります。

不思議ですがこれがよくあるのです。

この日の実習もある内容を用意していたのですが、急に実習内容を変えることになりました。
こういう時は必ず何かがあります。必要だから内容を変えられるのです。予定していた実習内容を忘れてしまったからではありません。

では、誰に変えられるのかと言うと、ほぼ間違いなくスピリット・ガイド(指導霊)の方たちではないかと。
スピリット・ガイドの方たちにも「指導内容」があるのだと思います。

この日は瞑想の時から参加者様のスピリット・ガイドの方たちがとても強いエネルギーで皆様の近くに来て下さっているのがわかりました。

瞑想が終わり、実習に進もうと思ったとき、お一人から質問がありました。その質問に答えている最中から実習内容を変える流れになっていったのです。
結果、実習はスピリット・ガイドの方たちのエネルギーを感じるという内容に大幅変更になりました。

その実習が終わり、感想を伺うと

By sakura, 11 10月, 2022

スピリチュアル・リーディングをさせて頂くと「霊界の配慮」を実感することがあります。

この日もいつも通り、ガイドスピリットから伝わって来たものをお伝えしたのですが、その伝わり方についてです。例えばガイドスピリットから「走っている」と伝わってきたとします。どこへ向かっているのか、疲れているのか、どこを走っているのか、など詳細は全く伝わってこないけれど、ただ「走っている」様子だけです。

ご本人には、忠実に表現してお伝えすることを心がけていますが、この例だと
「どこへ向かっているのかは判らないし、どれぐらいかもわからない。けれど走っている姿をスピリットが教えてくれました。」
となるでしょうか。すると、その短いメッセージを聞いたご本人はしばらく沈黙を続けます。思い当たることを必死に探しておられるのか、全く思い当たる事がないのかもしれない、と思ったその時です。ご本人がある告白をされました。

By sakura, 16 9月, 2022

9月8日に旅立たれたエリザベス女王。 先日は7 頭の黒い馬に引かれた国王軍王立騎馬砲兵隊の誘導でウエストミンスター宮殿のウェストミンスター・ホールに安置される様子を見させていただきました。 

その中で主の祈りをささげる短い礼拝が行われていました。讃美歌などが歌われた後、The Lord's Prayerを全員で唱えている様子がありました。 

The Lord's Prayerは「主の祈り」として知られていて、祈る方法としてイエスが弟子たちに教えたキリスト教の祈りです。 動画は読み上げる形ですが、曲となって様々な歌手例えば、スーザン・ボイルなども歌っています。

歌:スーザン・ボイル

By sakura, 11 9月, 2022

随分前ですが、ある番組で取り上げていた内容です。 

小野田 元少尉は戦争が終わったことを知らず、フィリピン ルバング島に30年近く戦闘を続けた後、投降した方です。 この小野田元少尉はゲリラ戦を闘うことができたそうで島の一般の人と衝突を続けました。結果、島民30名が命を落とし、100名が怪我を負ったそうです。 

その中には、父親を殺され、夢だった進学もあきらめ、兄弟のために働いた男性がいました。 

 

小野田元少尉は投降した後、ブラジルへ渡ります。そこで蓄えた2万ドルを島の人に寄付するため再度ルバング島へ渡ります。 父を亡くしたその彼は自分が住む地区に小野田氏を連れてきてよいかと聞かれたそうです。 

しかし、その申し出を断ります。 「自分の父親を殺した人間を見て冷静ではいられないからです。自制できる自信がなかったのです。父親を殺した人間を見て冷静ではいられません。だから会わない方がよいのです」 

By sakura, 9 9月, 2022

亡き人との再会の経験を取材した番組です。

夢で再会したり、気配を感じる、対話をする、などの外見を元にした番組。

https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009050140_00000

身近な所でも耳にすることがある「亡き人との再会」。 このような不思議なこと、人には言えないこととして扱われることが多い。

しかし、その出来事をきっかけに前を向けたり、亡き人たちからのメッセージを胸に明日への希望を持つことができたりするのも確かだと思う。 

私にも似たような体験がある。 父が亡くなった後しばらくしてからのこと。私が食事をしていた時いないはずの父が 「美味そうだな」 と話しかけた。姿はない。でもいつも座っていた椅子に父は座っている・・・・ように見える。

私は疑いもなくお皿に私の食べていたのもを分けて父の前に置いた。 「おいしいよ、これ。」 と言い、一緒に食事をした。

席を立ち椅子に戻ると父はいなかった。 又ある夜、父がトイレに入っていく。生前父は夜中に1度か2度トイレに入っていた。その頃は目を覚ますことなどなかったがこの時の私は明らかに誰かの気配で起こされた。トレイ入る音は元気な頃の父であった。

By sakura, 8 9月, 2022

スピリチュアルの会で色々な質問と議題が出ました。
その根本にあるものは、やはり個人の感性、見え方、捉え方、なのではないかと、漠然としてはいますが感じています。

中でも、幼少から敏感に感じ取るタイプだったのか、それとも全くそうした感性を持ち合わせていないか、それによりミディアムシップも大きく違ってくる、という考えです。

確かに、音楽センスも備わっていて、ピアノの前に座ったら誰も教えないのに音楽を奏でた子供だとしたら、将来プロになる道は他の人よりスムーズでしょう。音楽のセンスもなく、不器用で鍵盤を叩くだけで必死なタイプであれば、相当の努力を重ねる必要があると思います。

それより一番重要なことは、自分の目標は何なのかなのではないかと考えています。

ただ「プロになりたい」と考える事は漠然としすぎていて理想を語っているに過ぎないことがあります。某スポーツ選手は高校生の時にあげた目標は、以外にも具体的でただ「プロ選手になりたい」というものではありませんでした。一つずつ階段をあがるように、掲げた目標をクリアしていったようです。