古いブログを整理していて見つかった記事です。 『この日は大晦日。我が家の大晦日の行事は食事をしながら紅白を見て、夜中に参拝する。 毎年と同じく、料理を用意し、乾杯用のアップルジュースを並べた。両親と愛犬の写真をテーブルに並べて置くと準備が整った。ただ、いつもと違うのはそこにいたのはこの日は私一人だけだったという事。 両親(亡き)の写真と乾杯をして、食事をしながら、まるでいるかのように両親、愛犬たちの写真に話しかける。 「今年も一年、過ぎました。無事に暮らせて感謝です。来年もよろしくね」 と。まぁ、写真だし反応はないわけで。。。。なのに、なんとなく両親は私の声を聞いている、そんな気がした。 「多分聞いてるって思うのは私の気のせいでだよね? でもね、でも。。。もし私の声が聞こえているんだったら私の分かるように合図を送って」 と写真に向かって伝えた。もちろん写真は反応はないし、期待もせずにテレビの方を向いた。 その瞬間 バタン! な、なんと両親の写真が倒れたのである。びっくりじゃない?』 この記事、自分で経験して、自分で書いて、なのに忘れているという情けなさ。 ほぼ20年続けているブログにはこの記事だけではなく、忘れてしまった過去の経験がぎっしり詰まっていました。 読んだ本も記録として書いてありましたが、すっかり忘れているものもあります。近いうちにその本に触れようと思います。